JESSY

http://jessy-rocknroll.com/
18歳の頃、ロックスターを夢見た"Kyassy the sexy"が本気でバンドをやるために上京したことが始まりである。 当時バイトで生計を立てる傍ら、バンド活動に明け暮れるも、気の合う仲間と巡り合うことが出来ず、 結成・解散を繰り返し、遂には若くして闇社会へと落ちてゆくこととなる。単純にロックスターを夢見て上京したはずが、自分のいる世界に疑問を感じ始め、 やはり昔からの仲間である"Kazz"とどうしてもバンドをやり直したいと覚悟を決める。 一から自分が育った街で再スタートを切るために帰郷する。
今はなき新庄市のロックバー「REIGN」に通い詰め、自分の知らないロックンロールの世界に触れる。
ロックスターへの夢のため、ツッパル場所を本格的にステージへと移すことを決意する。
2003年、"Kyassy the sexy"と"Kazz"を中心に「JESSY」を結成。 しかし、急激な過疎化地域でもあり、財政再建指定都市でもあるこの街に、 ライブハウスやレコードショップがあるわけもなく、ロックシーンのかけらもなかった。 市内の飲み屋や市民会館などに自ら機材を運んでのライブ活動を始め、 県内のライブハウスを中心とした活動が続いた。ただライブをこなし、漠然とロックスターを夢見ていた"Kyassy the sexy"は、 録音方法もわからないままに、仲間たちと知恵を出し合いデモテープを作り上げ、 知っている限りのインディーズレーベルへ送り続け、"CASTLE RECORDS"の目に留まる。
2005年、1st Album「Route69」のリリースをきっかけに、東北全域から関東地方まで活動の幅を広げ、 宝島社発行の雑誌"STREET ROCK FILE"に山形県のバンドとして唯一バンドカタログに掲載される。 この頃「JESSY」の音楽性を更に追求し、本格的に活動を展開していくために、
別のバンドで活動をしていた同郷の先輩である"Ko-zy"に白羽の矢が立ち、
当時のドラマーと交換移籍が実現、現在のスタイルとなる。
2006年、2nd Album「Nostalgic Cabaret」を同レーベルよりリリースし、活動範囲を関西地方まで広げる。 この頃から自分たちの街にロックシーンを確立し、活動拠点を作るため、 "Kyassy the sexy"兄弟を中心に地元の仲間たちとライブハウス建設を計画する。 地元のキャバレー跡地を仲間たちの力だけで壁一枚から防音設備、音響設備まで作り上げる。
2008年、遂に活動拠点となるライブハウス"VICTROLL CAFE"が完成。
更には練習スタジオからレコーディングスタジオまで自分たちの手で作り上げ、地元ロックシーンの象徴的存在となる。 同時期に"THE BODIES"坂口氏と出会い、"ROCKFORT RECORDS"へ移籍することとなる。
2009年、カメラマンに"菊池茂夫"氏、ライナーノーツに"DJ COBRA"氏を迎え、満を持して3rd Album「BURST」をリリース。 このアルバムが話題を呼び、日本ラジオ"ROCK RUSH RADIO"への出演や雑誌"ROCKERS TATTOO ATTACKS"へのモデル起用等、 バンド活動以外にも活動の幅を広げて行くこととなる。